未来の価値 第56話


「お前を騎士にするつもりはない、か」
「何が言いたい」

ソファーに寝転がっているC.C.を睨みつけるが、この魔女は怯むことなど無かった。反対に、口元に笑みを浮かべ、ポケットから何か取り出した。彼女の手のひらに収まっている紫色のケースを目にし、ルルーシュの表情は驚きに変わった。そして、今度は先ほどよりも激しい怒りを顔に乗せ、鋭い眼差しで睨みつけた。

「お前、それをどこで・・・!」
「どこで?これは何個もあるものなのか?特注品だと思っていたが?」

クツリと笑い、躊躇うことなくケースを開けると、そこには剣を模った紋章が収められていた。それを指で摘み、C.C.は観賞するかのよにそれを見つめた。

「これは、騎士章だろう?ちゃんと用意してたんじゃないか」

あいつのために。

「それは、違う。スザクに用意したものではない!」

ルルーシュは断言したが、明らかに動揺していた。

「私は、嘘が嫌いだ。それに、私にそんな嘘を吐く必要はあるのか?」

感情を消した魔女の眼差しに、ルルーシュは思わず息をのんだ。
全てお見通しなのだろう。
当然だな、数百年を生きた老獪な魔女なのだ。
たかだか十数年生きた若造の感情など、見飽きているのかもしれない。

「・・・念のため、用意した物だ。何かあった時のためにな」
「どうしても騎士を選ばなければならない事態に備えてか?もう少し、素直のなったらどうだルルーシュ。枢木スザクを、騎士にする決心がようやく付いたのだと」
「・・・」
「まあ、あれだけラブコールを送られ、お前の兄もそれを認めていた。政庁の職員も、純血派のはずのジェレミア達でさえスザクを認め始めていた。それなのに、いつまでもお前が拒み続けるのは拙いと考えたのだろう?」

あいつの立場を固めてやろうと、思ったのだろう?
その言葉に、ルルーシュの口元は引き結ばれ、その両目はどこか泣いているようにも見えた。図星をさされたルルーシュは、苛立たしげに一人掛けのソファーに腰を下ろした。どれほど乱暴な座り方をしても、高級なソファーはその衝撃全てを優しく受け止める。それも気に入らなかったのか、柳眉を寄せ、ルルーシュは大きく息を吐いた。

「どの道、終わった事だ。それは使わないし使えない。使わずに済んでよかったと思っている。今後のためにもな」

それが足かせとなる可能性はあった。
スザクを巻きこんでしまう可能性も大きかった。
だが、これでスザクとの関係は切れる。

「これがあると知れば、ますますスザクはお前を頷かせ、ユーフェミアを諦めさせようと足掻くだろうな」
「C.C.!」
「分かっているから、いちいち吠えるな。いくら皇族からの信頼を得ていても、所詮はイレブンだ。奴隷階級が皇族に口出しなどしたら、その時点であいつの人生は終わる。だが、あいつは頑固だぞ?今前以上にしつこくなること間違いなしだ」
「・・・わかっている。ちゃんと手を打つから問題ない」
「いい方法を、教えてやろうか?」

C.C.は騎士章をもてあそびながら言った。

「ほう?何か良案でもあるのか?」

こんな問題を解決する方法がお前に思いつくのか?と小馬鹿にするように言ったんだが、C.C.は挑発に乗る事はなかった。

「ああ、あるぞ?とても簡単な方法が。枢木スザクがお前を確実に諦める方法が、目の前にな?」

猫のように目を細め、口元に弧を描いたC.C.の考えを即座に理解し、ルルーシュはこの魔女の老獪さは自分の想定以上なのかもしれないと、認識を改めた。

「・・・その手は使えない」
「どうしてだ?これほど明確な方法はないだろう?」
「俺もそれは考えたが、問題がある」
「どんな問題だ?」
「皇帝にお前の存在を気づかれる」

その方法を思いつく頭があるなら、どうしてそれに気づかないんだと、ルルーシュは呆れたように言った。

「それは今更だなぁ」

魔女はクツクツと笑う。

「何?」
「私は堂々と政庁内を歩き回っているんだぞ?私という不可解な存在が、皇位継承権5位と6位の傍にいるんだ。誰も何もしていないと思うか?」

それは、気になっていた事だ。
いくら注意をしてもC.C.は言う事を聞かず、政庁内を我が物顔で歩き回っていた。捕まえ、首輪でもして部屋に閉じ込めればいいのだろうが、そんな事はするつもりもない。自由を奪い閉じ込めるなど、ルルーシュが嫌う方法だった。
だから、動きがあればすぐに彼女を逃がせるよう、密かに手配は終えていた。だが、皇帝は一向に動く気配はなく、彼女の身に危害が及ぶような不穏な空気は、この政庁内には一切無かった。

「ならばなぜ皇帝は動かない?」
「動く必要がないと考えているんだろう。あいつの目的達成にはまだ掛かる。それまで自由にしようと考えているからこそ、私はいまもここにいる」

断言したC.C.は体を起こすと、ルルーシュの正面に立った。

「どうする?私は、やってもいいぞ?」
「何もお前でなくとも」
「純血派から選ぶか?ジェレミア辺りは大喜びしそうだが、お前の力の事もあるし、私が常に傍にいても怪しまれなくもなるいい手だと思うが?」

そう、彼女を傍に置いておく最も有効な手。
ルルーシュの身に何かがあり、巻き添えにしてしまったとしても、心の痛まない唯一の相手でもある。毒を盛られても死なないというのも大きい。

「ナナリーには咲世子がいる、ミレイがいる。なんなら、お前の力を使い、守りを固めればいい。ナナリーという女王を護る事が出来るなら、私という駒をあの場所に置いておく必要はないはずだ」

分かっている。
この盤面から奪われてはならないキングとクイーン。そのクイーンであるナナリーの周辺をギアスで固めてしまえば、咲世子がいるからC.C.は必要はないのだ。

「早く全てを終わらせ、迎えに行くのだろう?こんな所で時間を使うのか?」

そうだ。
全てを終わらせ、ナナリーをこの手に取り戻す。
それが今の心の支えなのだ。

「・・・それを返せ」

ルルーシュが手を差し出すと、C.C.は持っていた騎士章を返した。

「・・・汝C.C.は、いついかなる時でも私の剣となり私を護ると誓うか」

諦めたように、ルルーシュは口にした。

「誓い?いや違うぞ。これは、契約だ」
「そうか、そうだな。ではC.C.、私の騎士となれ。その対価として、私はいずれお前を自由にしてやる」

皇帝たちの手から。

「ああ、いいだろう。結ぶぞ、その契約」

おっと、ピザも忘れるなよ、ご主人様?
C.C.がルルーシュの騎士となったと知らされたスザクは、顔を青ざめ、ロイドとセシルの声にも反応せず、暫くの間立ち尽くしていたという。

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